急逝した親友。順風満帆だったはずなのに、一転して荒れた暮らしに陥ってしまった…。
多感な時代の思い出を振り返ると…
ここまでのながれ → 自死と事故死の境目「親友の死」①
角砂糖のそばで死んだアリ
私は、人の心を図形で表してみたり、人の行動や反応を勝手に類型化したりする、ヘンな子供でした。
他人を観察して得た情報や印象を考え併せて、その人の次の行動を予測したりなど、そのプロセス自体が楽しかったのです。
その予測は、たまに当たることもありました(ただの偶然かも)。
そんな私が中学時代、吹奏楽部で出会った友人が「ふー」です。
他の人だったら いちいち掘り下げて考えないようなことも、わざわざ話題にして盛り上がったものでした。
角砂糖のすぐ近くで死んだアリについて、どう思うかとか。
まるで恋人
私にとって、そんな一見どうでもいいようなネタに食いついてくれる「ふー」の存在は、とても新鮮でした。
食いつくどころか、聡明な彼女は、新しい切り口や より深い分析を提示してくれたので、時間がどれだけあっても足りないくらい、話し込んだものです。
日常の生活で発見したことの掘り下げ、部活のこと、家族のこと、好きな人のこと、好きな音楽のこと、学校の勉強や最近読んだ本で興味深かったこと、生きることの意味や死ぬことの意味など…。
交換日記に綴り合ったり、休みの日には自転車で遠出したり…。
「ふー」も私に対して、「こういう人に初めて出会った」と言ってくれて、後で思い返してみれば、まるで恋人のようだったと思えます。
独学で身につけた音楽性
私は幼少時よりピアノを習っていたので、譜読みや音楽的知識には明るい方でした。
彼女は独学でギターを弾ける腕前になっており、譜読みはもちろん、即興で歌を作るほどのレベルでした。
部活動では見よう見まねで指揮を覚え、拍節のみならず、曲の表情も指示できるのです。
親の指示で習い事として音楽的素養を得ていた私と、独学で積み重ねた「ふー」とでは、大違いです。
「血肉に染み込んだもの」が感じられるからです。
「ふー」にはとてもかなわない、そう感じていました。
彼女が作った歌に私がピアノアレンジを加え、部員らに披露したら大盛り上がりで、後々までの語り草になりました。
時間がいくらあっても足りないくらい、語り合い、学び合い、創作の喜びを味わい…そんな時代。
私は、この鮮烈すぎた思い出を、心の表層部分に配置し続けていたと思います。
無意識のうちに。
その後 訪れた陰りや混沌を、覆い隠すように。
続きをごらんください → 鮮やかさと混沌の中学時代「親友の死」⑨
“鮮やかさと混沌の中学時代「親友の死」⑧” への1件のフィードバック